ある企業の改善能力
ある工場には約70のサークルが登録されています。
この工場の見事な改善能力は、ここに負うところが大きかったことは言うまでもないでしょう。
1976年ごろに存在していたサークル活動の実態は、けっして活性化されたものではなく、そこに魂を入れ、それを生きたものにしてきた76年以降の活動こそが、この工場を素晴らしくしてきたと見るからです。
Aさんは、とりわけサークルリーダーの組織化にも力を入れていました。
次は最重要な点であって、1976年から83年までの8年間の変革期をリードしてきた人びとについてです。
何といっても、最初は企画課長として、78年からは工場長となってその頂点にあった、Aさんの存在は大きかったのです。
まずは、彼の人柄のよさです。
これについては多くを語らないことにしますが、彼のそれなくして、あの精機工機工場はなかったかもしれないでしょう。
この男が、文字通り命がけで、一生懸命に"鬼"となってがんばっている姿、そして、部下たちの仕事への闘いぶりとその成長を、涙して喜んでいた姿を、私もとくと見てきました。
Aさんの部下として、精機工機工場を築いてきた多くの人たちがいます。
すべてを書きつくせないので、その代表として一人、Mさんを紹介しておきましょう。